弁護士法人古庄総合法律事務所

弁護士法人古庄総合法律事務所 大分県大分市の弁護士・法律事務所です。

27/03/2024

【弁護士の書斎から】第181回  「共同親権か単独親権か」
夫婦に子どもが生まれた場合、その子どもに対しては父と母が共同して親権を行使します(民法第818①)。
しかし、不幸にもその夫婦が離婚した場合、どちらか一方の親が親権を行使することになる旨が民法で規定されています(民法第819)。
いわゆる「単独親権」を現民法は採用しているのです。
しかし、今、この離婚後の親権に関し、現行のままの単独親権で行くのか、それとも離婚前と同様に共同親権にするべきか、について議論が為されています。法律が改正される可能性も高いのです。

子どものある夫婦が離婚する場合、通常、次の3点が争いとなります。
①子どもをどっちが育てるか、即ち、親権者をどちらにするか、
②子どもと同居できない親と子どもとの面会交流を、どのような形で、どのような頻度で認めるか、
③子どもと同居できない親の養育費の支払いをどうするか、
です。
https://kosholaw.com/
「共同親権説」の根拠は次のようなものです。
①離婚した後も子どもの養育には両方が責任を持つべきである。
②親権をどちらか一方にだけ認めるから、離婚時に子どもの奪い合いが発生する。共同親権にすれば奪い合いは減る。
③養育費の不払いが多いのは単独親権だからである。
共同親権であれば不払いが減る。
④養育費を支払ってもらえないから面会交流が実施されない。
⑤外国も共同親権が一般的である。
これに対し、「単独親権」の根拠は次のようなものです。
①共同親権であれ単独親権であれ、子どもの養育に責任を持つのは親として当然である。
親権があるかどうかと、親としての責任の有無とは全く別である。
②子どもの奪い合いが発生するのは「親権が欲しい。」というよりも「子どもと一緒に暮らしたい。」とか「相手には渡したくない。」という、もっと感情的・本能的な欲求からである。
共同親権にしたからといって、片方の親は子どもと一緒に暮らせなくなる以上、残念ながら奪い合いは発生する。
③養育費不払いと共同親権か単独親権かは関係ない。
共同親権であろうと、子どもと一緒に住むことのできない親の養育費不払いは発生する。
④面会交流の問題と養育費との問題に関連性はあるが、前述の通り、養育費不払いと親権とは関係がない。
⑤確かに外国では共同親権が多いが、だからといって日本もそれに習う必要はない。
さて、この問題について、どのように考えるべきでしょうか。
私はこれまで弁護士として数多くの離婚事件に関与してきました。
また、子どもの奪い合いの事件も何件もありました。
その中で、どの離婚事件でも共通していたのは、離婚する夫婦は相手を憎んでいる、ということです。そして、離婚後は別居して暮らしており、新たな生活環境にも変化が生じているのです。
そのような状況の中で、離婚した父と母に、共同して親権を行使する前提たる信頼関係は存在しないと思われます。
共同親権説の方々は、離婚した後も子どもの養育に関しては「共同」できると、性善説に立って考えていると思われます。
しかし、申し訳ないけど実態は違うと思います。
むしろ、共同親権にすると、親権の行使に当たって再度、衝突・混乱が生じ、子どもを巻き込んだ争いが発生する可能性が高いと考えられます。
共同親権にすれば子どもの奪い合いが減る、というのも根拠がありません。単独親権であれば、仮に子どもを奪われても、親権者になれば、大方の場合最終的に取り返す事ができます。しかし、共同親権では相手も親権者ですから、取り返す事は困難です。子どもの奪い合いがより一層熾烈になるのではないでしょうか。
養育費の不払いと共同親権かどうかも関係ありません。親権があろうがなかろうが、払わない親は払いません。むしろ、別途の方策、例えば不払いに対して罰則を科す、などして、支払いを強制すれば良いのです。
面会交流についても、親権者かどうかは関係ありません。愛情の問題です。親権がなくとも、現民法は親子間の面会交流権を保障しています。
そもそも、親権者にならずとも親子関係はなくならないのです。
離婚後の父、母がうまく行っていれば、どちらが親権者になろうと問題はありません。問題があるのは、うまく行かない場合です。そして、私の経験上、うまく行かずに憎しみながら別れた2人が、離婚後は別居し、環境も異なっているのに、親権の共同行使がうまく行くような信頼関係があるとは到底思えないのです。
例えば、離婚した母が再婚し、新しい夫と子どもを養子縁組させようとした場合、その子の実の父親はこれをすんなりと受け入れるでしょうか。共同親権の行使をめぐって、再び争いが発生するのではないでしょうか。親の離婚でつらい思いをした子どもに再度つらい思いをさせることになるのではないでしょうか。
共同親権は理想ですが、現実は違うと考えざるを得ません。弊害の方が多いと考えられるのです。
ただし、離婚当事者が「共同親権の合意」をする場合にまで、敢えて単独親権にする必要はないと思うので、その場合は例外的に共同親権にすればいいでしょう。
いずれにせよ、この問題は離婚親と子どものあり方に大きな変更を与えるものなので、感情的にならずに両説を十分に検討し、子どもにとって最も良い選択をする必要があります。

【弁護士の書斎から】第181回  「共同親権か単独親権か」夫婦に子どもが生まれた場合、その子どもに対しては父と母が共同して親権を行使します(民法第818①)。しかし、不幸にもその夫婦が離婚した場合、どちらか一方の親が親権を行使することになる...
27/03/2024

【弁護士の書斎から】第181回  「共同親権か単独親権か」
夫婦に子どもが生まれた場合、その子どもに対しては父と母が共同して親権を行使します(民法第818①)。
しかし、不幸にもその夫婦が離婚した場合、どちらか一方の親が親権を行使することになる旨が民法で規定されています(民法第819)。
いわゆる「単独親権」を現民法は採用しているのです。
しかし、今、この離婚後の親権に関し、現行のままの単独親権で行くのか、それとも離婚前と同様に共同親権にするべきか、について議論が為されています。法律が改正される可能性も高いのです。

子どものある夫婦が離婚する場合、通常、次の3点が争いとなります。
①子どもをどっちが育てるか、即ち、親権者をどちらにするか、
②子どもと同居できない親と子どもとの面会交流を、どのような形で、どのような頻度で認めるか、
③子どもと同居できない親の養育費の支払いをどうするか、
です。
https://kosholaw.com/
「共同親権説」の根拠は次のようなものです。
①離婚した後も子どもの養育には両方が責任を持つべきである。
②親権をどちらか一方にだけ認めるから、離婚時に子どもの奪い合いが発生する。共同親権にすれば奪い合いは減る。
③養育費の不払いが多いのは単独親権だからである。
共同親権であれば不払いが減る。
④養育費を支払ってもらえないから面会交流が実施されない。
⑤外国も共同親権が一般的である。
これに対し、「単独親権」の根拠は次のようなものです。
①共同親権であれ単独親権であれ、子どもの養育に責任を持つのは親として当然である。
親権があるかどうかと、親としての責任の有無とは全く別である。
②子どもの奪い合いが発生するのは「親権が欲しい。」というよりも「子どもと一緒に暮らしたい。」とか「相手には渡したくない。」という、もっと感情的・本能的な欲求からである。
共同親権にしたからといって、片方の親は子どもと一緒に暮らせなくなる以上、残念ながら奪い合いは発生する。
③養育費不払いと共同親権か単独親権かは関係ない。
共同親権であろうと、子どもと一緒に住むことのできない親の養育費不払いは発生する。
④面会交流の問題と養育費との問題に関連性はあるが、前述の通り、養育費不払いと親権とは関係がない。
⑤確かに外国では共同親権が多いが、だからといって日本もそれに習う必要はない。
さて、この問題について、どのように考えるべきでしょうか。
私はこれまで弁護士として数多くの離婚事件に関与してきました。
また、子どもの奪い合いの事件も何件もありました。
その中で、どの離婚事件でも共通していたのは、離婚する夫婦は相手を憎んでいる、ということです。そして、離婚後は別居して暮らしており、新たな生活環境にも変化が生じているのです。
そのような状況の中で、離婚した父と母に、共同して親権を行使する前提たる信頼関係は存在しないと思われます。
共同親権説の方々は、離婚した後も子どもの養育に関しては「共同」できると、性善説に立って考えていると思われます。
しかし、申し訳ないけど実態は違うと思います。
むしろ、共同親権にすると、親権の行使に当たって再度、衝突・混乱が生じ、子どもを巻き込んだ争いが発生する可能性が高いと考えられます。
共同親権にすれば子どもの奪い合いが減る、というのも根拠がありません。単独親権であれば、仮に子どもを奪われても、親権者になれば、大方の場合最終的に取り返す事ができます。しかし、共同親権では相手も親権者ですから、取り返す事は困難です。子どもの奪い合いがより一層熾烈になるのではないでしょうか。
養育費の不払いと共同親権かどうかも関係ありません。親権があろうがなかろうが、払わない親は払いません。むしろ、別途の方策、例えば不払いに対して罰則を科す、などして、支払いを強制すれば良いのです。
面会交流についても、親権者かどうかは関係ありません。愛情の問題です。親権がなくとも、現民法は親子間の面会交流権を保障しています。
そもそも、親権者にならずとも親子関係はなくならないのです。
離婚後の父、母がうまく行っていれば、どちらが親権者になろうと問題はありません。問題があるのは、うまく行かない場合です。そして、私の経験上、うまく行かずに憎しみながら別れた2人が、離婚後は別居し、環境も異なっているのに、親権の共同行使がうまく行くような信頼関係があるとは到底思えないのです。
例えば、離婚した母が再婚し、新しい夫と子どもを養子縁組させようとした場合、その子の実の父親はこれをすんなりと受け入れるでしょうか。共同親権の行使をめぐって、再び争いが発生するのではないでしょうか。親の離婚でつらい思いをした子どもに再度つらい思いをさせることになるのではないでしょうか。
共同親権は理想ですが、現実は違うと考えざるを得ません。弊害の方が多いと考えられるのです。
ただし、離婚当事者が「共同親権の合意」をする場合にまで、敢えて単独親権にする必要はないと思うので、その場合は例外的に共同親権にすればいいでしょう。
いずれにせよ、この問題は離婚親と子どものあり方に大きな変更を与えるものなので、感情的にならずに両説を十分に検討し、子どもにとって最も良い選択をする必要があります。

大分の弁護士事務所です。大分県弁護士会所属の弁護士が相続や交通事故、離婚などの無料相談を受け付けています。大分での弁護士への法律相談はお気軽に。当法律事務所は大分、別府、杵築に5名の弁護士が在籍してい...

23/11/2023

【弁護士の書斎から】第180回 
『無罪の推定』
「何人も有罪判決が確定するまでは無罪の推定を受ける。」
これが近代刑事司法の金字塔「無罪推定の原則」です。
 10月13日、文部科学省は旧統一教会に対する法人解散命令を東京地裁に対して請求しました。
 これで、この件が終了したわけではありません。
 これからが始まりです。
裁判所は旧統一教会に解散命令を出すかどうか慎重に判断することになります。
 ことは、「信教の自由」(憲法20条)(注①)というデリケートな問題であること、直接的な証拠が少なく、間接的な証拠が多いこと(段ボール20箱分とか、被害者の陳述書170人分とか言われています)、法律上の争点が多岐に亘ること、旧統一教会側も徹底的に争う姿勢であることなどからすると、おそらく最高裁での最終判断が出るまで5年以上はかかるでしょう。
 請求者(文科省)側とすれば、旧統一教会の「悪質性」「組織性」「継続性」を立証しなければなりません。これを立証するのはかなり困難だと思われます。
 そして、最終的に最高裁がそれを認めてくれなければ、解散命令は出ないのです。
 先の「無罪の推定」原則から言えば、最高裁が解散命令を出すまで、旧統一教会は「無罪」即ち「宗教法人として法人格を認めることができる」ということになるのです。
 ところで、この騒動の発端は、昨年7月8日に発生した選挙応援演説中の安倍元総理の射殺事件です。
 2000年代当初には旧統一教会の問題がしばらく報道されていましたが、15年以上、特に報道されることもありませんでした。それが、上記事件を契機として、あらゆるマスコミが旧統一教会が「反社会的団体」であることを前提として報道を始めました。
 その後の経過は皆さんご存じの通りです。
 自民党は全国会議員に対して旧統一教会と何らかの関わり合いがあるかどうか、自己申告させ、関わり合いがあったとされる大臣らを辞職させました。
 「魔女狩り」とも言えるマスコミの苛烈な報道による内閣支持率の低下を怖れてのことだと思います。
 そして、今回は解散命令請求という伝家の宝刀を政府に抜かせたのです。
 これらの事象から次のようなことが言えます。
 まず、「無罪の推定」原則は建前だけであり、現実には既にマスコミ主導の「人民裁判」によって「有罪の宣告」が為されているということです。
 そして、何よりこわいのは、マスコミが一定の方向へ大衆を誘導すれば、それによって時の権力をも動かすことが可能であるということです。
 本当にマスコミの力は甚大です。
 今や「第4の権力」にとどまらず、「第1の権力」に昇格していると言っても過言ではありません。
 だからこそ、我々国民はマスコミに踊らされることなく、冷静に客観的に物事を見る眼を養わなければならないでしょう。

注①…個人がいかなる宗教を信仰するかは個人個人の自由であり、それに対して国家は関与することができないという憲法上の大原則。

【弁護士の書斎から】第179回  <「全責任」とは?>東京電力は8月24日、福島第一原発の処理水の海洋放出を始めました。それに先立ち、政府と東京電力は国際原子力機関(IAEA)の協力を得て安全であることを実証しましたが、これに対する反応は様...
05/11/2023

【弁護士の書斎から】第179回  
<「全責任」とは?>
東京電力は8月24日、福島第一原発の処理水の海洋放出を始めました。それ
に先立ち、政府と東京電力は国際原子力機関(IAEA)の協力を得て安全であ
ることを実証しましたが、これに対する反応は様々です。
多くの漁業関係者は、風評被害を懸念し反対姿勢を崩していませんが、いわば
あきらめに近い心境のようです。
中国は、「処理水」を「汚染水」であると喧伝し、早速、日本の水産物輸入を
全面的に停止しました。これにより、日本の水産業に大きな被害が発生すること
は明らかです。また、日本製品の不買運動や訪日観光客のキャンセル続出など、
日本の各所に与える影響は図り知れないものとなっています。
科学的なことは良く分かりませんが、IAEAが太鼓判を押すのですから、処
理水の安全性はおそらく問題ないのでしょう。そして、日本のエネルギー事情や
カーボン・ニュートラルの実現目標を考えれば、原発が一定程度必要だというこ
とも理解できます。そのうえで、今回の海洋放出も苦渋の選択だったと思います

しかし、その際、岸田文夫総理が発した「全責任を持って対応する。」との言
葉は理解困難です。「全責任」とは一体どんな責任なのでしょうか。聞こえはい
いのですが、その内実はまったく分かりません。
①先ず、責任を負う「相手方」は一体、誰でしょうか。
漁業者でしょうか。仮にそうだとすると、その範囲はどこまででしょうか。福
島県だけでなく大分県の漁業者も入るのでしょうか。
漁業者以外の観光事業者などはどうでしょうか。
日本人だけでしょうか、外国人も含むのでしょうか。などなど。
②「どういう」責任でしょうか。
金銭補償でしょうか。新たな販路の開拓・援助でしょうか。風評被害の防止で
しょうか。などなど。
③国に対応してもらう場合、請求の「方法」はどうすればいいのでしょうか。
単に被害の内容を主張するだけでいいのでしょうか、具体的な証明まで必要な
のでしょうか。国家賠償請求訴訟を提起して、勝訴することまで必要なのでしょ
うか。などなど。
要するに、「全責任を持って対応する」というのは、聞こえはいいけれども、
いわゆる「言語明瞭・意味不明」の類いと言わざるを得ません。被害を蒙った人
が国に対して責任追及をするには、おそらく、①先ず、自分の損害額をはじき出
し、②それが、今回の処理水放出のせいであること(因果関係)を証明し、③国
に落ち度があったこと、を立証しなければならないでしょう。最後まで行き着く
には大変な労力・気力を要し、事実上、不可能です。
このように、「全責任をもって対応する」などという勇ましく耳ざわりの良い
言葉と現実は大きく違います。その違いが分かったとき、被害者の「裏切られ感
」はますます大きくなるのです。確かに、政府は対策費として1007億円を組
んだみたいですが、これで「全損害」の回復が図れるとは思えません。
総理大臣の言葉は極めて重いので、岸田総理には「全責任をもって対応する」
との言辞を、関係者を納得させるためだけの甘言にとどめず、実効性のある法的
なものとして、約束を守って欲しいところです。それが信頼回復への一歩となる
でしょう。

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【弁護士の書斎から】第178回  『豪雨』6月末から九州各地や秋田県などを豪雨が襲いました。これによって、お亡くなりになられた方及びそのご遺族の方々に、心よりお悔やみを申し上げますとともに、被災された方々に対しお見舞いを申し上げます。今回の...
04/11/2023

【弁護士の書斎から】第178回  
『豪雨』
6月末から九州各地や秋田県などを豪雨が襲いました。これによって、お亡くなりになられた方及びそのご遺族の方々に、心よりお悔やみを申し上げますとともに、被災された方々に対しお見舞いを申し上げます。
今回の九州各地の豪雨災害を受け、私も日田市、中津市、由布市の3つの市の被害状況を視察して参りました。
聞くと見るとでは大違いです。
川の濁流で壊された橋、橋の欄干に溜まった木々、削り取られた護岸、土石流で押し流された家などなど。想像を絶するものでした。これらの地域は、平成24年、平成29年、令和2年、令和4年と、立て続けに大きな被害を受けてきました。そしてまた今回です。前回の大災害が発生して、その復旧も終わらないうちに、もう次の災害が起きているのです。
また、ここ10年で「線状降水帯」という新しい気象現象が登場しました。今までにない大雨で、ピンポイントで、しかも繰り返し繰り返し降る。そのため、被害も甚大化しています。今回の台風7号による鳥取や京都などの被害もそうです。
ところで、国が被災者に対して直接に支援することが求められている法律としては「被災者生活再建支援法」という法律があります。しかし、この法律が適用となるためには、当該市町村における「倒壊」建物が一定数以上でなければなりません。
一定数に達したときにはじめて当該市町村が支援対象となり、その市町村内での倒壊家屋の住人に対して、その「倒壊の程度」に応じて、一定の金額が支給されるという建て付けです。
今のままでは、線状降水帯で発生するような局所的な被害や家屋が倒壊しない場合は国の支援の対象外となってしまうおそれがあります。
今回、中津市は被災者生活再建支援法に定める適用条件に該当しないため、中津市の方は同法による国からの支援は受けられませんでした。また、何とか適用された日田市においても、国は中規模半壊までしか支援の対象としていないため、床上浸水等の被害があった方は、支援が受けられない状況にあります。
更に、今回被害が発生した地域は、いずれも過疎化が進んでおり、被害が毎年のように発生すると、再建したくても、体力的にも精神的にも疲れ切っており、再建をあきらめてしまい、その結果過疎化が一層進んでしまうという悪循環に陥ることになります。線状降水帯による新しい豪雨災害が頻発している昨今、それに合わせ、特に過疎地域においては、局所的な被害も救済できるように適用条件を緩和し、支援内容を拡充する必要があると思います。

ところで、我々が現地視察している際、35度を超える猛暑の中で、土砂の撤去、土のうの設置、避難誘導、浸水家屋の清掃、どろ出し作業など、消防団員やボランティアの方々が献身的な活動をされている姿には一筋の光明を見る思いがしました。
しかし、昭和29年には全国で200万人以上いた消防団員は、平成2年には100万人を割り込み、昨今では4年連続1万人以上減少しています。特に30代以下の若年消防団員は、昭和40年には全体の90%を占めていましたが、令和4年には全体の40%を切ってしまいました。
災害が頻発し、それを救援する人・モノ・カネが不足すると、この日本がますます住みづらい国になってしまいます。
消防団員に対する処遇改善やボランティアの方々に対する必要物資の支給など、彼らの善意に応える施策を政治の力で実現していかなければならないでしょう。
人の善意だけに頼る時代は既に過ぎ去っているのかもしれません。

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【弁護士の書斎から】第177回  『時速194キロ』時速194キロ。これが一体どれくらいの速さなのか想像もつきません。しかし、大分のある少年、時速194キロで大分市内の通称40m道路をぶっ飛ばし、右折車に激突、同車を運転していた被害者の男性...
03/11/2023

【弁護士の書斎から】第177回  
『時速194キロ』
時速194キロ。これが一体どれくらいの速さなのか想像もつきません。しかし、大分のある少年、時速194キロで大分市内の通称40m道路をぶっ飛ばし、右折車に激突、同車を運転していた被害者の男性(当時50歳)を出血性ショックで死亡させたのです。勿論、車は大破です。 このような自動車事故の場合に適用されるのが、自動車運転処罰法(通称)。 この法律の適用をめぐり、検察官、被害者、被告人、裁判所が頭を悩ませることになるのです。 自動車運転処罰法の「危険運転致死罪」(同法2条2号の「制禦困難な高速度での運転」)に該当すれば、「1年以上20年以下の懲役」。これに該当しなければ、「過失運転致死罪」として「1か月以上7年以下の懲役若しくは禁錮又は100万円以下の罰金」です。 検察官は当初、「過失運転致死罪」として、この少年を起訴しました。そうすると、最高でも懲役7年です。 検察官がより重い「危険運転致死罪」で起訴しなかったのは、本件が、法2条2号に規定する「制禦困難な高速度」で運転していたと言えるかどうか明確ではない、と判断したからです。検察官としては、「危険運転致死罪」で起訴しても、仮にこれに該当しなければ、無罪となり、大変なことになる(場合によれば自分の出世にも影響する)と考え、手堅く手堅く「過失運転致死罪」で起訴したものと思われます。 しかし、制限速度の3倍以上の猛スピードで突っ走って激突して死亡させられたのに、たった「7年以下」では到底、納得ができません。そこで、遺族の方々は署名活動をし、2万8000人以上の署名を集めて、結果、検察官に「危険運転致死罪」に訴因変更(注①)させたのです。 したがって、公判で検察官は本件が「制禦困難な高速度」での事故だったかどうかの立証をしなければならなくなりました。そして、大分地裁の裁判官・裁判員は、本件が「制禦困難な高速度」での事故だったかどうかについて、判断しなければならないのです。 さて、このように、検察官、被害者、被告人、裁判所を悩ませている根本原因はどこにあるのでしょう。 憲法31条は次のように定めています。 「何人も、法律の定める手続によらなければ、その生命若しくは自由を奪はれ、又はその他の刑罰を科せられない。」 これは、いわゆる「罪刑法定主義」と言われるものであり、刑事法の根本原則です。犯罪や刑罰は法律で予め定められていなければなりませんし、特に、どのような行為が犯罪になるのかは明確でなければならないのです(「明確性の原則」)。 今回、適用されるかどうか、皆が頭を悩ませているのが自動車運転処罰法の第2条2号の「制禦困難な高速度」。これがあまりにも分かりにくいのです。
①「制禦困難」とは、一体、誰を基準にして判断するのか。当該運転手か、通常の運転能力を持った一般人なのか。
②「高速度」とは、どれくらいを言うのか。
などなど。 私は、この同法2条2号は憲法31条に定める罪刑法定主義(「罪刑の明確性」)に反すると考え、国会で質問しましたが、法務省・法務大臣は「反しない。」との回答でした。 ちなみに、大分県弁護士会所属の弁護士にアンケートを実施したところ、2人に1人が「罪刑法定主義に反する。」という回答でした。 このように、不明確な刑罰法規が存在することは、現場の検察官、被疑者・被告人、被害者、裁判官・裁判員の関係者全員に混乱と戸惑いを与えることになるのです。 法律の改正を痛感するところです。 (注①)訴因変更・・・起訴の内容を変更すること。

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【弁護士の書斎から】第176回  『優しい国』人は必ず、いつか死にます。 その時、何かを恨んで死にたいでしょうか、それとも悔いなく笑顔で死にたいでしょうか。 勿論、ほとんどの人の答えは後者でしょう。 これまで種々の争いに関与し、見てきました...
02/11/2023

【弁護士の書斎から】第176回  
『優しい国』
人は必ず、いつか死にます。 その時、何かを恨んで死にたいでしょうか、それとも悔いなく笑顔で死にたいでしょうか。 勿論、ほとんどの人の答えは後者でしょう。 これまで種々の争いに関与し、見てきましたが、影響力が大きいのは、やはり、国が一方の当事者となっている訴訟です。その中でも、特に、国に対する国家賠償請求訴訟(国から何らかの損害を与えられたので、その賠償をして欲しいと求める訴訟)です。 例えば、無罪なのに長期間拘束されたとか、公害企業に許可を与えたので被害を蒙ったとか、これまでも種々な国家賠償請求訴訟が行われてきました。中には、言いがかり的な訴訟も多かったでしょう。しかし、中には本当に深刻な被害を蒙った事件もあります。 現在、国等が当事者となっている訴訟の件数は、令和4年12月時点で5421件。その中で、2審すなわち高等裁判所で国が負けて、国が上告している件数は4件。国も当事者の一方です。3審制なので、当然に国といえども最高裁に上告する権利があります。 しかしながら、国と個人とでは圧倒的にその力が違います。具体的には、国には、お金、時間、人材があります。これに対して、一般の個人には、お金もなければ人材もありません。そして、決定的に違うのは、個人には、時間がない、ということです。2審で勝ったときの原告らは、「よかった。裁判所に救われた。」と手を取りながら涙します。 これに対し、国が最高裁に上告したことを聞いたとき、彼らは、「国はいつまで我々をいじめれば気が済むのか。」と言って、今度は悔し涙を流します。 また長い闘いが始まるのです。 原告らも日本国民です。同じ家族の一員です。最後まで国の立場から徹底的にやらなくてもいいのではないかと思います。裁判は時間が長く掛かります。特に国相手の裁判は時間が掛かります。1回と1回の間が半年というのもざらにあります。高齢の原告らにしてみれば、1日1日が身を切られる思いです。国を恨みながら亡くなることも多いのです。「こんな国に生まれなければよかった。」との思いを抱いて亡くなってしまうのです。そうさせないために、国には「優しさ」が必要です。彼らが亡くなるときに、「この国に生まれてよかった。」と考えるか、この国を恨んで死ぬか。是非、「この国に生まれてよかった。」と思われるような優しい国にしたいものです。 高裁で負けたということは、それまで6名の裁判官が関与したということです。6名の裁判官が関与して国が負けたんですから、もうその段階で、家族の一員である原告らと闘わなくてもいいんじゃないでしょうか。 確かに、高裁の判断が分かれている場合に、統一的判断を求めるべく、最高裁に上告することは已むを得ないでしょう。 しかし、そのような特別な場合以外、国が高裁で負ければ、もう最高裁へ上告しないということにしたらどうでしょう。 入管法改正の時、それまで難民申請を何度でも行っていれば母国に送り返されないとの取扱い(「ノン・ルフールマン原則」といいます)をやめ、2回難民申請を行って認められなければ送り返してもいい、とされました。その時、法務省は、「2回難民申請をして認められておらず、この判断がひっくり返る可能性が低いから。」と言っていました。 これと同じ考え方が、国家賠償訴訟でも言えるのではないでしょうか。 是非、国民に対して優しい国になりたいものです。

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【弁護士の書斎から】第175回  『土の匂い、草の香り』5月、郷里・安岐町西武蔵で「豊後三賢人」の一人・三浦梅園先生の生誕300年を祝う「梅園祭」がとり行われました。梅園先生といえば、ほとんど独学で独自の学問体系「条理学」を築き、「梅園三語...
02/11/2023

【弁護士の書斎から】第175回  
『土の匂い、草の香り』
5月、郷里・安岐町西武蔵で「豊後三賢人」の一人・三浦梅園先生の生誕300年を祝う「梅園祭」がとり行われました。梅園先生といえば、ほとんど独学で独自の学問体系「条理学」を築き、「梅園三語」と言われる「玄語」「贅語」「敢語」を著したことで有名です。
しかし、私がもっとも尊敬するのは、修業時代のわずかな時期を除き、それ以外は、この山深き国東市安岐町西武蔵で暮らしながら、かくも高邁な思想体系を打ち立てたことです。
我々が西武蔵小学校に通っていた頃、校歌とは別に、必ず「梅園先生の歌」を歌わせられていました。その2番に「山に生まれて 山に死ぬ 名利をよそに生きた跡」というのがあります。この歌詞が好きで、今でも覚えています。私が理想とする生き方です。
ところで、このように、土の匂い、草の香りのする、この故郷を愛して止まなかった梅園先生も300年前に国東半島の中心に鎮座する両子山を毎日のように臨んでいたことでしょう。
という思いから、久しぶりに両子山に登ってみました。
721メートルという決して高くない山ですが、国東半島を四方に見下ろすその姿に、今更ながら感銘を受けたのでした。
先ず、両子寺に着き、住職(私の西武小学校の大先輩)と雑談をしてから、山道の方を、土の匂い、草の香りを味わいながら山頂に向かって歩き始めました。
途中、百体観音、鬼の背割岩、鹿の爪石など、いわゆる「七不思議」と言われる個所を過ぎ、ひたすら頂上へ。山道から合流した道は頂上までコンクリート道になっており、時代の推移を感じました。頂上に近づくにつれ、風倒木が増え、台風の脅威をまざまざと見せつけられたのでした。
登山の格好をして来なかったので、非常に歩きづらかったのですが、「まだ、着かないの?」と文句を言う随行者に、「もうすぐ。」と詐言を数回弄し、ようやく頂上に到達しました。
下山を開始し、登山口あたりまで来たとき、登り始めの時には気がつかなかった石碑があることに気がつきました。
 「世の中の 正しき道を一筋に
          進みて御国の 未を開かめ」
郷土・安岐町輩出の政治家・重光葵の歌でした。
ミズーリ号上で降伏文書に調印した隻脚の外務大臣です。
降伏文書に調印したときの心境を、重光は次のように詠んでいます。
   「願わくは 御国の末の栄行き
          我が名さけすむ 人の多きを」
(いつか日本が再び繁栄して、降伏文書などに調印した自分の名前を蔑む人が多くなることを願う、との意。)
重光葵は、国際連盟で「日本は東西の架け橋になる。」と演説したことでも有名ですが、故郷・安岐町の大々先輩でもあるのです。
重光葵も、土の匂い、草の香りを感じながらこの田舎で生まれ育ち、そして、敗戦国日本を復興へと、そして世界の中心へと導いた一人であることに思いを至しました。
胸を熱くしました。
学問の世界での三浦梅園、政治の世界での重光葵。二人が愛した土の匂い、草の香り。コンクリートジャングルの中で暮らしていようとも、決してこれを忘れることがあってはなりません。日本人として、豊後人として。

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【弁護士の書斎から】第174回  『演説』<面白くない演説>職業柄、演説を聴くことや演説をすることが多くなりました。その中で、面白くない演説は以下のような特徴を持っていることに気が付きました。1 長いとにかく演説は短いに限ります。3~5分が...
02/11/2023

【弁護士の書斎から】第174回  
『演説』
<面白くない演説>
職業柄、演説を聴くことや演説をすることが多くなりました。その中で、面白くない演説は以下のような特徴を持っていることに気が付きました。
1 長い
とにかく演説は短いに限ります。3~5分がいいでしょう。長過ぎると、聴いている人達がウンザリします。聴衆の中の1人でも時計を見始めたら、「早く終わらないかなあ。」と思っているサインです。
2 上から目線
エラそうに聞こえる演説は最悪です。二度と聴衆は聴きません。確かに、多くの聴衆の前で話すという事は、それ自体、ある意味でエラいという事を示しているのかも知れません。しかし、それを態度に出してはいけません。ましてや、選挙での演説の際にそれを出したら最悪です。票はどんどん逃げていくでしょう。「実るほど、頭をたれる稲穂かな。」昔の人は良く言ったものだと思います。私も、弁護士・参議としてエラそうにしていないか、自戒する毎日です。
3 むずかしい
内容が難し過ぎると理解できないため、退屈になります。退屈になると眠くなります。一人でも、コックリ、コックリやり始めたら、危険信号です。
4 勢いがない
何のための演説かにもよりますが、演説というからには勢いが無ければなりません。小さな声でグズグズ言っていたのでは演説になりません。しかし、声が大きいだけでは勢いがあるとは言えません。話そのものに抑揚があり、強調すべきところは強調することが必要です。これがない演説には勢いが感じられず、聴衆の心を掴むことは難しいでしょう。

<演説をする上での注意点>
1 順番を考える
特定の人物を称える演説というのがよくあります。そして、大抵スピーカーは何人かいます。その際は、自分が壇上に立つ順番を考慮して話す内容を考えなければなりません。大体、みんな、話す内容は似通ってきます。トップバッターで話す人は白紙に筆を入れる状態なので、何でも話せます。しかし5番目に話す人には、もう白い部分はほとんど残っていません。そこに、前の人と同じ様なことを話しても、聴衆は「またか。」という顔をします。「ロシア・ウクライナ戦争」「コロナ」がまさにそうでした。順番が後方のスピーカーは、その辺を考えて話す内容を考えなければならないので、大変です。
2 聴衆に合わせる
聴衆がどういう人達かによって話す内容を考えなければなりません。20代、30代の人達の前で老後の年金や介護の話をしても、誰も興味を示してくれません。事前に、聴衆についての情報を把握しておく必要があります。
3 論点を絞る
あれもこれも話したくなるのが人間の心理です。しかし、敢えて的を一つに絞った方が聴いている人の心に残ると思います。そもそも3~5分の演説時間でいくつも論点を論じる方が難しいというものでしょう。
4 聴衆にインパクトを与える
起・承・転・結の整った、ありきたりの内容では聴衆の心に残りません。
場合によれば、いきなり結論を話したり、度肝を抜くような大声を発したりして、聴衆にどうやってインパクトを与えるかを考える必要があります。
5 心を打つ演説
やはり、一番心を打つ演説というものは、感情が込もっている演説だと思います。理路整然とわかりやすく話すことも大切な事ですが、最も大切なのは、聴衆の心に訴えかけるように、思いを言葉のひとつひとつに込めて話すことではないでしょうか。感情が込もっている演説は、胸に響くものがあります。私もそのような話し手になることを目指して、鍛錬していきたいと思います。

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https://kosholaw.com/第173回  『尋問と質問』弁護士と国会議員。2足のわらじ生活も半年になり、何となく要領も得てきました。その中で、似て非なるもの。それが「尋問」と「質問」です。裁判の時に弁護士(代理人)として行うの...
02/11/2023

https://kosholaw.com/第173回  
『尋問と質問』
弁護士と国会議員。2足のわらじ生活も半年になり、何となく要領も得てきました。
その中で、似て非なるもの。それが「尋問」と「質問」です。
裁判の時に弁護士(代理人)として行うのが尋問です。
自分の味方側に対して行うのが主尋問、相手側(敵側)に対して行うのが反対尋問。いずれも事実関係しか聞くことは出来ません。意見や感想を求めることもできません。主尋問は尋問を受ける人と事前に打ち合わせができますが、反対尋問は主尋問の後に行われるので、そういうわけにはいきません。
尋問の醍醐味は、なんと言っても反対尋問です。
弁護士として有能かどうかを判断する材料の1つに、反対尋問が上手かどうかという事があります。
その昔アメリカで、ある夜の殺人現場を目撃したという証人に対し、「その夜は月が出ていましたか。」という尋問をし、「出ていました。」という証言を引き出した後に、その夜は曇っており月が出ていなかったことを示す客観的な証拠を出し、その証人の証言の信用性を粉砕した弁護士がいました。リンカーンです。
私も相当以前、リンカーンと同じような反対尋問に成功したことがあります。その夜はうれしくて、酒が止まりませんでした。しかも、その時の尋問の相手方は、今では私の大切な交友になっています。人生とは面白いものです。
これに対し、国会での質問はかなり違います。
先ず、聞く相手方は政府の官僚です。そして、どういうことを聞くのか、議員の方からあらかじめ「通告」します。その通告を見て、官僚が回答を考え、質問期日よりも前に質問者と「レク」(打ち合わせ)を行います。
したがって、どのような質問が為されるのか、官僚は予め知っており、回答を準備しているのです。
そして、大臣等、上の方々は官僚が作った回答を読んでいるのです。
その場での当意即妙・臨機応変な回答があまり見受けられず、いわゆる官僚答弁が多く、面白くないのはそのためです。
しかし、話題になっている放送法の解釈変更問題で、3月8日に行われた参議院予算委員会での小西洋之議員の「ねつ造でなかったら、大臣・議員を辞めるか。」との質問に対する高市早苗大臣の「結構です。」という回答は小気味よかったです。私の目の前で繰り広げられました。マスコミは面白い部分だけ切り取って放送しますが、自信をもって正々堂々と答える高市大臣と、裏でコソッと書類を小西議員に渡す官僚。勝負は有りです。
更に、質問が尋問と違う最大の点は、事実関係のみならず、意見を求めることも可能ということです。
慣れた議員さんの中には、自説を蕩々と2、30分間述べた後、「大臣、どうですか?」と一言だけ付け足して聞く方もおり、熟練のなせる技だと感服したこともあります。
ただ、裁判所と違い、国会は真実を明らかにするところではなく、主権者たる国民に判断してもらうための材料を提供する場所です。国会議事堂が法廷、国会議員が弁護士(代理人)、判決が投票結果です。
尋問と質問、似て非なるものですが、これまでの長年の弁護士としての尋問技術を活かしてやってまいりたいと思います。
もっとも、政権与党側だと主尋問的な質問しかできず、反対尋問の醍醐味は味わえませんが、「国を動かす。」という壮大な醍醐味を味わわせてもらっています。

弁護士と国会議員。2足のわらじ生活も半年になり、何となく要領も得てきました。その中で、似て非なるもの。それが「

【弁護士の書斎から】第172回  『血筋(血統)』新年早々、血筋(血統)について考えさせられることがありました。1月10日、11日に、豊後玖珠家畜市場と豊後豊肥家畜市場で実施された子牛の初競りに来賓としてご招待していただきました。その時に渡...
02/11/2023

【弁護士の書斎から】第172回  
『血筋(血統)』
新年早々、血筋(血統)について考えさせられることがありました。

1月10日、11日に、豊後玖珠家畜市場と豊後豊肥家畜市場で実施された子牛の初競りに来賓としてご招待していただきました。その時に渡された、初競りにかけられる子牛の名簿を見たときです。

子牛の性別、生年月日、体重などは当然として、それ以外に、父牛の名前、母牛の名前・登録番号・得点、母牛の父牛の名前、母牛の祖父牛の名前、母牛の祖祖父牛の名前まで、しっかりと記載されているのです。血筋(血統)を明記し、より優れた産肉能力を持っていることを明確にするためだと思います。

食肉産業ではごく当たり前に行われている競りではありますが、自分の運命などまったく知らない子牛たちの純粋な大きな瞳を見た時に、生まれながらにして価値を決められて売られていくことの理不尽さに、何ともやりきれない複雑な思いを抱いてしまいました。

人間に関して言えば、血筋で価値を測ることなど言語道断ですが、血筋を「生まれ」と置き換えれば、その「生まれ」は、時には、自分にとって「味方」にもなれば「敵」にもなる可能性をはらんでいます。

例えば、厳格な代々医師家系の家に生まれた場合。「味方」の部分としては、親族の繋がりや交友関係を利用して特定症例に特化した病院を紹介してもらいやすい、自分で開業しなくても親の築いた病院を継ぐことができる、等が挙げられます。

反対に「敵」の部分としては、職業を自由に選べず、医師になって病院を継ぐことが生まれながらの義務として課せられてしまう、結婚相手にも医療関係者を求められてしまう、等でしょうか。

このような「生まれ」を、幸福だと感じるのか、はたまた重荷に感じるかというのは個々それぞれだと思います。幸福だと感じるのであれば喜んで医師になる道を選ぶでしょうし、重荷に感じるのであれば、医師家系に生まれた自分の運命を恨むことでしょう。

しかし、人には自分の人生を自分で選択して生きて行く権利があります。

自分の「生まれ」に縛り付けられることなく、自分がしたいことを選んで生きて行くこの権利は、すべての人間に平等に与えられています。

ちなみに私の場合は、半農業・半教師の家に生まれましたが、その道には進まず、弁護士から国会議員になる道を選びました。父は当初は私が教師になることを望んだようですが、大学を卒業して司法浪人になった時点でそれは諦めたようです。そして、私は、国会議員でなくなった時にまだ身体が動くのであれば、再び田舎の一弁護士として、窃盗や覚せい剤取締法違反等の刑事事件を犯した人たちの弁護をしながら残りの人生を過ごしていきたいと考えております。

要は、最期の瞬間に、「自分の人生悔いなし。」と思える生き方をすることこそが、我々人間に与えられた最大の特権なのではないでしょうか。「生まれ(血筋)」などに左右されることなく、自分の意思で自分の人生を切り開いていくという強い心構えを持つことこそが大切だと思います。

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【弁護士の書斎から】第171回  『依頼者とともに泣く!』新年あけましておめでとうございます。弁護士の本懐。それは、「依頼者とともに泣く」ことです。依頼者には、さまざまな人がいます。・「交通事故で右足を失った。相手(保険会社)に対して損害賠...
02/11/2023

【弁護士の書斎から】第171回  
『依頼者とともに泣く!』
新年あけましておめでとうございます。

弁護士の本懐。それは、「依頼者とともに泣く」ことです。

依頼者には、さまざまな人がいます。

・「交通事故で右足を失った。相手(保険会社)に対して損害賠償請求して欲しい。」という人

・「女房と離婚したいが、子どもの親権は取りたい。」という人

・「覚せい剤取締法違反で逮捕された。今回が3度目である。刑罰が軽くなるようにして欲しい。」という人

・「殺人罪で逮捕された。しかし、自分はやっていない。なんとかして欲しい。」という人

・「これ以上、会社継続がむずかしい。会社を倒産させたい。」という人

・「父が駅から落ちて、列車にはねられて死んだ。誰に責任があるのか。」という人

などなど。挙げればキリがありません。

このような相談が来たとき、我々弁護士は次のようなことを考えます。

1 事実はどうなのか。
相談者の中には、「事実」と「推測・意見」を混ぜて喋る方がいます。しかし、我々が求めるのは、あくまでも「事実」です。「推測・意見」は、最後に求めることはありますが、事実と混同されると判断が狂います。

国会議員の質問の中には自分の意見を入れることが可能ですが、弁護士が求めるのは事実のみです。

2 事実を根拠づける証拠はあるのか。
証拠にも、その事実を直接に裏付ける「直接証拠」と間接的にしか裏付けない「間接証拠」があります。例えば、「100万円貸したけど返してくれないので、取り戻して欲しい。」という相談の場合、「100万円の借用証書」があれば直接証拠になります。これがない場合、「自分の預金通帳から100万円引き出した取引履歴」が間接証拠になります。直接証拠の方が証拠としての「価値」は数段高いです。

3 相談者に「正当な利益」をもたらすかどうか。
受任して法的手続をとったとして、相談者にどんな利益があるのか。それが「正当な」利益なのか、ということです。

まともな弁護士なら「不当訴訟」を受けることはありません。

4 経済的効果の有無
10万円を求めて30万円を支出する人はそれほどいないでしょう。経済的効果がない場合、そのことを教示して取り止めてもらいます。

勿論、刑事事件などは経済的効果の問題とは異なりますが・・・。

5 依頼者とともに泣けるか!
最後に、「この相談者(依頼者)とともに泣けるか!」ということです。

勝とうが負けようが、「この人と一緒に泣けるか。」によって、受任するかどうかを決めるのです。勝ったときは喜びの涙を、負けたときは悲しみの涙を一緒に流せる人かどうかを考えます。その上で、その人に代わって理を唱える「代理人」となるのです。

この人を自分の依頼者と決め、代理人としてその人の為に長期間に亘って共に戦う以上、ある意味「戦友」です。示談交渉・裁判手続という「戦場」で共に戦うのです。人間としての信頼関係がなければ、共に戦えません。単に機械的に法的サービスを提供するのとは違うのです。

1月23日から通常国会が始まっています。

「依頼者(国民・県民)とともに泣く議員」を目指してやりますので、どうか本年もよろしくお願いいたします。

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